■魚の「シメ」かたと魚の鮮度
 狂牛病の発生などにより、食品に対する安全性の要求が強まっています。このような状況下にあって、魚の消費量はなお年間約900万トンにおよび、中でも高級魚や輸入魚の消費はむしろ増加傾向にあります。高級魚はその品質の維持が重要であり、また、輸入魚は長時間の輸送の末に消費者に届くため、その品質の維持は安全性の面からも非常に重要です。
 魚の購買形態は、大型小売店などにおける切り身の状態が一般的です。表示義務は厳しくなってはいますが、魚の切り身がそこにいたるまでの過程はほとんどの人が知らないのではないでしょうか?そこでここでは、魚の品質に大きな影響をおよぼすしめ方と保存方法について説明します。

■一般的な漁獲方法の場合
 天然魚の場合、一般的には網による大量捕獲が行われます。このとき、船の上に揚げられた魚は呼吸ができず、実はもがき苦しんだ上で窒息死しているのです。この方法があまりにも一般的であるため、そのような苦悶死した魚でもそのまま受け入れられていますが、実は品質に様々な悪影響が出ているのです。
 苦悶死した魚はアデノシン三リン酸(ATP)の消費が早く、いわゆる死後硬直が速やかに起こります。これは魚が暴れることでATPが急速に消費されてしまうためです。死後硬直が早く生じると外観の色つやが失われるのが早まります。また、大きな魚では魚体温が急激に上昇し、身が変色してしまうこともあります。
 鮮度低下の速い魚をできるだけ低温につため、船倉に氷を入れてそこへ魚を投入する方法があります。かなり良い方法とも思えますが、実際には死後硬直や歯ごたえなどにおいて苦悶死の場合と大差がなく、あまり良い方法とはいえないようです。

■脊髄の切断
 魚をしめる場合、小型の魚であれば包丁をエラから差し込み動脈や脊髄を切断します。ブリなどの大型の魚では大人でも押さえつけるのは難しいので、先に頭部を殴打し、動きを止めてからやはり動脈・脊髄を切断します。
 この方法は、ブランド化されて一躍有名になった「関サバ」にも使われています。関サバは1尾5,000円ほどという、およそサバらしくない値段をもつ高級な魚です。関サバの漁獲には網は使わず、釣り糸と釣り針だけで一本釣りし、船の小さな水槽に入れて生きたまま漁港の生簀まで運びます。その後、網で取り上げると擦れて魚体に傷がつくため、泳いでいる姿だけでセリをする面(つら)買いといった変わった方法で取り引きされ、その後1尾ずつしめて出荷します。
 このような非常に丁寧な扱いによって、サバであるにもかかわらず刺身で食べられる品質が維持されています。ところが、この関サバであってもやはり窒息死させれば品質の低下が著しくなってしまうことがわかっています。

■電気ショック
 特に畜産業において利用される方法ですが、魚にも応用する動きがあります。ウシなどは屠殺が容易でないため、高電圧ショックによりウシを気絶させた上で、動脈を切断して放血・致死させる方法がとられています。これを応用し、高電圧で水中の魚を感電死させる試みがなされました。ところが、残念ながら魚を直撃死させることはできないようで、逆に電気の刺激によって筋肉が激しく動いてしまい、品質保持への効果は小さかったようです。
 しかし、例えば養殖場において大量の魚を水揚げする際、少ない人手で大量の魚を取り扱うことができるため、効率化の面では有効な手段となるかもしれません。

■脊髄を切断してさらにつぶす
 これは特に大型の魚に使われる方法です。脊髄を完全に切断した上で、針金を脊椎骨にある神経が通っている穴に差し込むことで、その中にある神経を完全につぶしてしまいます。脊髄の切るだけだと、死んだはずの魚体がきまって約30分後に暴れる現象があります。これは脊髄神経の暴走によるのですが、このように筋肉が動くことは体温の急激な上昇につながってしまい、マグロなどではのちに筋肉が変色してしまうことがあります。そこでこれを防ぐために、上記のような脊髄破壊が行われています。こうすることで筋肉のの痙攣を抑えることができます。
 しかし魚とは不思議なもので、コイは脊髄破壊をしなくても筋肉は痙攣しません。ヒラメにいたっては脊髄を壊すことで逆に死後硬直が促進されてしまうことがあります。

■自動活けじめ機
 カツオの1本釣りはよく知られる漁獲方法です。この場合、カツオの群れと漁船が出会った瞬間が漁の勝負であり、きわめて短かい時間のうちに大量のカツオを釣り上げることになります。そのため、せっかくの活魚なのですが1尾ずつしめるのは時間的に不可能なため、従来は氷を敷き詰めた船倉へ直接放り込んでいました。
 しかし、これでは先に説明した窒息による苦悶死となり、全身に血がまわることで色や臭いがよくなく、結局はたいへん安い値段で取り引きせざるを得なかったのです。この問題を解決するため、自動活けじめ装置が開発され、カツオ漁船に搭載され実用化されました。
 この機械は、投げ込まれたカツオが通路を通って流れ、ホルダーにはまった瞬間に2本の刃が脊髄を切断し、海水の張られた船倉へ落ちるしくみになっています。船倉は「血の海」になりますが、たいへん効率よくカツオをしめることができます。ちなみにこの機械の処理能力は1尾あたり4秒です。

■血抜きの必要性
 魚をしめたあと、血が全身に回ってしまうと肉の色や臭いが悪くなります。特に色は白身の魚においては重要で、血の色に染まったマダイを食べる気にはとてもなれません。また血液には様々な酵素類が含まれているため、これが大量に体内に残るとタンパク質の分解などが起きる可能性があります。
 血は肉の色に影響するだけではなく、魚種によっては歯ごたえに影響が出る場合もあります。この現象には血液の中に存在する酵素が関与していると考えられます、今のところはっきりとしたしくみはわかっていないようです。

■しめた後の温度管理
 たとえ魚のしめ方が良くても、その後の保存方法が悪ければやはり食べる際の品質低下につながります。保存の基本は低温管理であり、中でも氷詰めは最も簡単に低温状態に保つことのできる方法として、その重要性は現在でも変わりません。しかし、冷やせばいいというものでもない部分があります。
 先に述べた関サバの場合、しめた後、出荷する際には氷詰めにするのではなく、ビニールの小袋に氷を入れ発泡スチロールの四隅に置き、氷に直接触れないようにしてサバを並べます。このようにすると容器内の温度は5℃前後となり、いわゆる冷蔵状態となります。経験的にこちらのほうが氷詰めよりも品質が良いとされ、現在でもこの方法が採られています。
 この件について氷蔵との違いを比較した場合、筋肉の弾力性の維持がなされるともに、寒冷刺激による死後硬直が起こらないためか、表面のツヤが氷蔵に比べて優れているという結果が出ています。

■終わりに
 切り身以外の魚を見る機会が減っている一般消費者にはほとんどなじみのない魚のしめ方ですが、実はその後の切り身の品質を左右する重要な工程のひとつであるのです。水産加工食品を大量生産する工場では、3枚おろしなどを機械で行うため、原料魚の身がしっかりしていることは生産効率や製品の品質維持の上からも重視される点です。
 今後、現在の方法に改良を加えることで、安全面・嗜好面などにおいてより良い状態の魚を一般消費者に供給してゆくことが大切です。

ページトップへ